自営業を成功させるための繁盛論

いつ潰れてもおかしくない瀕死の状態にあった自身の経営する店舗を立て直した私本人が、 個人事業(自営業者)に向けた小さな経営のための繁盛論を記しています。 開業後10年以上の生存率は数%といわれる厳しい現状で、創業15年を超えることができた「プロ自営業者」という肩書をもつ自営業者です。

次の成長に向けて前進する

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春から縁があって男性スタッフを雇用している。

今まで完全なる個人経営で10数年間もたったひとりで自営業をやってきた。いつか人材を入れたいと考えてはいたが給料や信用などの諸々な問題でいまいち踏み切れなかった。
 

そんなある日、友人から久しぶりに電話があった「仕事を辞めた」と。
辞めた理由や色々と近況を聞いて電話を切った。
 

後日、思い立って「うちで働いてくれないか」と彼に会いに行った。経営の現状、課題、これからの目標などをファミレスで長々と話した。

そして『これからの可能性にかけて』もらえることになった。
 

この半年間で人が増えて変わったことがいくつかある。

作業を分担し生産性を向上させることができた。その結果、完全週休二日にすることができた。

次に売り上げを向上させることができた。前年比の二桁%は伸びることがすでに確定している。

十分な結果を出すことはできたと思うが、これからが大切であることを十分に理解しているので全く満足はしていない。なぜなら市場は間違いなく縮小し競争が厳しくなってきているからだ。

これからの自営業のあり方と事業領域を常に再定義しながら更なるプロ自営業者として前進して行きたいと思う。

 

集客ができている店と集客ができていない店

少々ブログから離れていた、この数ヶ月の間に近隣の飲食店(居酒屋)がバタバタと2件が廃業。
周辺のシャッター通り化がさらに進みました。
 
 
周辺の状況変化についてはコチラを

hanzyou.hateblo.jp

 
 
このような場所に残る居酒屋の大将(60代)と先日話す機会がありました。
「下がり行く売上を食い止めるために色々と本を読んだりして経営策を考えてはいるが何も行動できていない」と、集客にかなり苦しんでいる様子でした。
 
同業の居酒屋が廃業してライバルは減っているのに集客ができない立地。
 
立地が悪いから集客できずに次々に廃業していく…
 
立地が経営を左右することを改めて感じます。
 
 
しかし、このような最悪な立地にも関わらず周辺には集客ができている店舗がいくつか存在します。
 
まずは郵便局
 
そしてラーメン店
 
次に整骨院
 
この3店舗に共通していることがあります。
 
近隣はもちろんですが、立地商圏から離れているところからも集客していることです。
 
わざわざ立地商圏外から足を運んでもらうためにのそれ相応の理由や魅力を備えているようです。
 
この3店舗は仮に近隣からの集客がゼロになったとしても持続経営がおそらくできるはずです。
 
その3店舗に比べ冒頭の居酒屋はどうでしょか。わざわざ足を運んでもらうための魅力は残念ながら感じることはできません。
 
最近のニュースで牛丼、回転寿司、ハンバーガー各チェーン店が相次ぎ増益という明るいニュースが流れていましたが、各社ともに新メニューのヒットが増益に繋がったと言うように、知名度もあり立地の良い場所にありながらもメニューやサービスを試行錯誤しながら変化させて集客しているのです。
 
個人店の飲食店であってもそのような努力は必要です。
 
居酒屋大将は経営策を本を読んで探っているようですが、書店に平積みされている概要的なビジネス本を読んでも有効な経営策が浮かぶはずがありません。
 
現状の環境に対して『誰に対して何をどのようにおこなうか』を見極めることが集客への道へと繋がります。

授人以魚不如授人以漁

以前、身近な自営業者に経営が不調だと相談されて、立て直しのアドバイスをしたことがあります。

私自身の経験を元に話を進めていき、単に目先の集客を狙うのではなく安定した経営を持続させるためには「仕組みづくり」が重要だとアドバイスをしていきました。

 

しかし仕組みを理解することが難しく、また考えることを面倒と思ったようで、直ぐに効果の出る方法ばかりを知りたがりました。

 

結局、目先客を集めるのをメインとした業者に依頼することを選びました。

その後、はじめは集客はできた様子でしたが長続きできずに結果的に経営を立て直すことができずに今でも苦しんています。

 

中国の老子の言葉で「授人以魚不如授人以漁」というのがあります。

「人に授けるに魚を以ってするは、人に授けるに漁を以ってするに如かず」という意味なのですが、もっと分かり易く言うと

「飢えている人に魚をとってあげれば一日は食いつなげるが、魚の取り方を教えてあげれば彼は一生食べることができる」となります。

 

このように目の前の「魚」ではなく「取り方」を知らなければ自営業は継続できません。老子の言葉のようにうまくは伝わらないものです。

 

GEになれなかった東芝

先日、日本経済新聞にあった「GEになれなかった東芝」というコラムに感心しました。

記事を引用し中略して紹介したいと思います。

 

東芝はなぜつまづいたのか。メイクマネーのやり方、つまりはビジネスモデルといわれる部分で明暗を分けるものがあったはずだ。

2000年半ば、もてはやされたのが「スマイルカーブ」という製造業の付加価値分布論だ。付加価値は上流の基幹部品や開発、下流の販売・サービスなどで高く、真ん中の組み立てで低い。

グラフにするとほほ笑んだ人の口元に似ていることからスマイルカーブと呼ばれる。

左端は米国インテル、右端はアップルなどが占め、日本の電機は真ん中の組み立てに多かった。

厳しい環境から脱出しようと東芝などが進めたのが選択と集中であり、向かった先が発電機器などの重電事業(原子力発電事業)。同じ組み立て分野だが、アジア勢との競争が少なく安定収入が狙える。

ライフスタイルが長く(原発は20~40年のサイクル)ても、擦り合わせがうまい日本企業なら、次々巨額投資の判断を迫られるデジタル産業より得意と考えた。

だが、そこにワナはあった。

08年のリーマンショックで6千億を超す米原子力大手の買収で財務危機に直面し経営破綻寸前になる。そして11年の福島の原発事故により受注が止まった。

そこでなんとかしようと打ち出したのが建設会社の買収や関連プロジェクトの受注だ。
原発を受注したいがために精査もせずに未経験の領域に手を広げ深みにはまっていき不正会計へと繋がる。

それが東芝危機の構図である。

 

一方のGEは、1980~90年代の日本企業の全盛期にはすでに組み立てなどの製造業から、金融、放送へと領域を広げ事業の組み替えにメドをつける。

だが危機もあった08年のリーマンショックでは、70年ぶりの減配に追い込まれ、売上高の3割を稼ぎ出していた金融事業が一瞬で会社を暗転させる。

その後、GEが打ち出したのは「逆スマイルカーブ」ほほ笑みを逆転させる経営だった。
金融事業は大半を売却。製造業に軸足を置き直すものの、インターネットと重電機器をつないでサービスで稼ぐ経営を目指す。要は製品を売った後から始まるサービス事業だ。

GEはビックデータ解析で顧客に対し情報の質、量で圧倒的優位に立つビジネスモデルを築いた。

AI(人工知能)の時代は人間と機械の間に巨大な非対称性をつくり出す。情報の価値や重要性に気づいたGEはそれを使って稼ぐ仕組みを構築し、日本(東芝)はそこで出遅れることとなる。 
【出典:日本経済新聞3月15日】

 

 
2009年に大学で企業戦略を受講していた中で、「GEジャック・ウェルチの経営戦略」の回がありました。
そこでは医療機器をめぐる日本企業(東芝)とGEの攻防が取り上げられていたのを覚えています。

引用文の中に「擦り合わせがうまい日本企業」とありますが、これは日本企業の特徴で
高いシェアを占めていた昔の名残だと感じます。「擦り合わせ」「閉鎖的」「ブラックボックス」今でも体質は企業に残ります。